歪なものが、愛おしい

変換 ~ 写真 002先日娘が 「うちの親はあつい!それに、かなり変わっとる」というので娘に 「変わった親が育てたんやから、あんたも変わっとるということ  自覚しときぃ~」と切り替えしました。(笑)

『変わっている』と言うことを耳ざわりのよい言葉で言うと『個性的』ともいえるけど、変わっているとか、個性的ということは、あまり良い意味で使われて無いように思います。横一列に育つことがいいことのようにずっと言われてきたこの国。私を含め、それが正しいことと信じていた人も多いはず。運動会の徒競走で順番がつかない。お遊戯では全員、桃太郎。という事聞いて、なんかヘンだって気が付いた人多いと思うのだけど・・・。↑は昭和初期に作られたお皿。おそらく型抜き出し、絵柄はプリントだと思う。絵の濃淡は不揃いだし、使うのに支障の無いキズもある。人が人として、平等の扱われる社会はありがたい。だけど、平等がはき違えられていないだろうか?と、今の社会をみて思うことがある。性格がいびつだったり、ゆがんでいるのはコマリモノだけど、周りに受け入れられるいびつさや、ゆがみは、個々の個性になる気がする。そろいのお皿やお茶碗の、絵付けの色の濃淡や形の歪さに、どことなく優しさを感じ、愛おしく思えることありませんか?しわくせきざいHP

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